不倫パートナーの大阪はマスクだらけ

新型インフルエンザが猛威(?)をふるっております。
小学校などは休校だそうな。
それでテンションが上がって、外に遊びに行って新型に罹って大流行となります。(苦笑

マスクでインフルエンザが防げるのでしょうか?
それで済むのなら易い物だと思って、購入しに行ったら売り切れでした。(苦笑

外食に今行くと空いているのではなかろうかと思っております。w

しかしこの新型は威力があまり強くないそうで、重い症状は今の所出てないそうです。
しかし広まるときはあっ!っという間なんですね。
我らのボスである橋下知事も困っておられる様子でした。
こう行動規制を要求されると経済にも影響はあるでしょうからね。

特に大阪はそれなりのダメージを受けるのを覚悟しないといけないのでしょうか?
困ったことでございます。
メル友さん頑張って下さい。(苦笑
俺は絶対かからないぞ。w

本読みも順調(?)に進んでるみたいで読み終えた本は、

マックス・ウェーバー著・脇圭平訳『職業としての政治』岩波文庫、1980年。

です。
この本もまた100頁くらいの分量なのですが、一気に読めなくて長時間かかってしまいました。(苦笑
内容も恥ずかしながら覚えておりません・・・。

この本はドイツを元に制作されているようです。
1919年にミュンヘンで学生同盟(自由学生同盟)のためにおこなった公開講演を纏めたものだそうです。
1919年といえば第一次大戦でドイツが負けて、世界で最も民主的で進歩的なワイマール憲法が制定した年だったと思います。

ですからドイツ自身がどん底の時に、この講演をしたことになります。

後にこの世界で最も民主的で進歩的と言われたワイマール憲法によって、ナチス(国家社会主義労働者党)のアドルフ・ヒトラーを生み出すことになります。

ドイツの中ではこの敗戦の後遺症からか、敗戦の事実を天命と受け取ってひたすら絶対平和の理想を夢見て、ワイマール憲法を筆頭とした「革命という名誉ある名に値しない血なまぐさい謝肉祭」(訳者あとがき引用)に陶酔しきっている前衛的な学生・知識人のロマンティシズムを批判したかったのでしょうか。

そのような運動が熱心になされている所がミュンヘンだったそうで、そこで公開講演を行ったのですから袋叩きの危険もあるわけです。(苦笑

ウェーバーは、「政治の本質は権力であり、政治とは「国家相互の間であれ、国家内部においてであれ、権力の分け前にあずかり、権力の配分関係に影響を及ぼそうとする努力」であり、「政治をおこなう者は、権力それ自体のためであれ、他の目的のための手段としてであれ、権力を追求「せざるをえない」。政治はどこまでも政治であって「倫理」ではない」(訳者あとがき引用)だそうです。

倫理を元にした批判などは、「害あって一利なし」とも書いてあります。
そうは言っても我々の感覚からすれば、官房副長官の要職に就いていながら、この新型インフルエンザ騒動の真っ只中で不倫パートナーと熱海旅行に行く者を批判したくなるもんです。(苦笑
これなんかも倫理を全面に押し出して、無料 出会い批判をしていますから、ウェーバーにとってはどうでも良いような批評なのでしょうね。

もちろん全く倫理がいらんとも書いてないようですから、第一義的に倫理を持ち出して政治家を論じるのが不毛なのでしょうか。
たしかに不倫もしないし汚職もしないが、政治としての能力がカスみたいな人が沢山量産されても、我々が困るだけですからw、今後はこの点を踏まえて世間の政治家批評を眺めていきたいと思います。w

読み始めている本は、

井沢元彦著『逆説の日本史15 近世改革編』小学館、2008年。

二木謙一著『関ヶ原合戦 戦国のいちばん長い日』中公新書、1982年。

です。
『逆説の日本史15』は、徳川幕府第八代将軍・徳川吉宗周辺の話になっております。
この「暴れん坊将軍」としてお馴染みの「名君」として記憶されている将軍は実は「バカ将軍」であったというのが見所でしょうか。
今まで悪人として扱われている田沼意次(たぬまおきつぐ)や尾張藩主の徳川(尾張)宗春(とくがわむねはる)を再評価しているし、バカ殿としてレッテルを貼られている第九代将軍・徳川家重(とくがわいえしげ)も再評価しているようです。

江戸時代を見る時に重要な要素は、儒教の中でも最過激派である「朱子学」というカルト宗教顔負けの概念が、常に付き纏っている事を頭の片隅に置く事が理解を深める鍵と言われております。
この時代の指導者の大半は大なり小なり朱子学に毒されている人が多いと言われています。
そしてそういう概念の人間が書いた物が史料として残っているので、相当用心していかないとコロッと騙されてしまうそうです。


『関ヶ原合戦』の方は、24時間に凝縮してこの合戦と武将の行動を中心に書いています。
何か「24」みたいで面白いです。w
やっぱり戦国時代の話は面白いですね。
特に関ヶ原合戦は東西に分かれての戦ですから、非常に理解しやすいです。

徳川家康の戦が始まるまでに謀略を駆使して、戦う前に勝敗を決めていた所なんかも驚くべき事ですし、一方の敗者の西軍にも感動的なエピソードなんかもあって、歴史好きの人が見たらそこそこ満足するのではないでしょうか。

出会い系の石田三成(いしだみつなり)と大谷吉継(おおたによしつぐ)との友情話は感動的です。

東軍の実質的リーダーは徳川家康ですが、その跡継ぎで第二代将軍の徳川秀忠(とくがわひでただ)のまさかの合戦遅参なんかは、家康最大の誤算ともいえますし、相当焦ったと思われます。
これでちゃんと寝返りが成立しなかったら、家康は負けていたと思われます。
それも首を取られている可能性もあったかもしれませんしね。

徳川秀忠勢は、徳川家の主力を率いていたとされていますので、それが遅参という前代未聞の出来事が起こったのですから、家康の天下乗っ取り計画も変更を余儀なくされたと言われています。
東軍についた豊臣恩顧の武将に、恩賞として領地を大幅加増している事もその表れと言われております。

秀忠はこの事を生涯屈辱に思っていて、大坂の陣の時には江戸から大坂まで猛スピードで駆けつけたそうです。w
それで部隊の一部に遅れが生じて、結果家康から大目玉を食らったそうな。(苦笑
微笑ましいエピソードですね。

この関ヶ原合戦自体はたった半日にも満たない時間で終結しましたので、この点でも意外な戦だったのでしょうか。
明治時代にお雇い外国人としてドイツから陸軍大学校の教官として招かれたクレメンス・メッケル少佐は、関ヶ原合戦の陣形を見て「これは西軍の勝ち」と言ったと伝えれていているそうな。
軍人から見たら西軍有利の陣形だったのでしょうね。
西軍は関ヶ原に先に着陣しまして、「鶴翼の陣」(かくよくのじん)を敷いて待ち構えておりました。

まさに敵を包み込む陣形だったので、メッケル少佐も西軍有利と判断したのでしょう。
しかし生徒の日本人の軍人から、「いや西軍には裏切りが続出しまして、東軍が勝ちました」と言ったら、「それなら仕方が無い」と少佐は言ったそうです。
この西軍有利の状況を如何に謀略を駆使して、寝返りを成功させたかが興味がある所です。

家康は江戸から関ヶ原に出発するのに50日くらい遅らせて、全国に手紙を出し続けていたようです。
こういった事も書いてあるので、非常に楽しみな本となっております。w






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